ひばりヒルズって?ひばりが丘の四季板前料理「矢代」あおばバレエスタジオ老春備忘録掲示板 豆柴 川柳未分類
札幌市厚別区の“ひばりが丘”に棲むお気楽人間がローカル情報発信する、自分史的ホームページ風ブログです。画像を多用し自己流川柳を詠む癖があります。 カテゴリーからリンクしてる画像掲示板 豆柴凛々の喜怒哀楽 お喜楽ブログも覗いてくださいね。
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2010.12.15 Wed
1999年7月より2010年末まで下記のホームページ kidoairaku.com を開いていたが12万を超えるアクセスを頂き感謝感謝。ここでは左右に動く喜怒哀楽が表示されないようです。今後はこの老春白書を主体に遊んで参る所存です。
手前味噌放夢閉事「喜怒哀楽」
手前味噌放夢閉事
~喜怒哀楽4文字のページでは自己紹介や札幌移住経緯を発信します~
札幌の何処が好き?
好きですサッポロ
傷だらけの人生
この先日本は大丈夫?
心のときめきをいつまでも
恋の町札幌
四季の歌
春夏秋冬各ページで発信
OBのお役立ち
札幌ホテルマン情報
札幌ゴルフ情報
ヒイロさんのエッセイが大人気
私のお薦めするお店です!
お薦め店・すすきの・ひばりが丘
故郷伊豆下田
下田北高同窓会豆陽会
575で面白可笑しく遊びましょ
お気楽川柳
白石サイクリングロード
デジカメ主体です
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2010.11.29 Mon

還暦後起業したが現在は休業中   ~古希迎え 気楽な年金 暮らしです~


会社概要
商号
合資会社 ハッピーライフ 
設立
2001年11月26日
代表
土屋敦彦 (無限責任社員)
本店所在地
〒004-0022
札幌市厚別区厚別南1丁目
連絡先
kidoairakuat@yahoo.co.jp
業務内容
1. インターネット利用に関する企画コンサルテイング事業
2. インターネットに関するソフトウエアの企画制作及び販売事業
3. 前各号に付帯し、または関連する一切の事業
* PHOTOBOOKの製作販売
主要取引会社
1. ホテルアイスバーグ
  札幌市中央区南2条西1丁目
  総支配人として営業のコンサルテイング業務(終了)
2. KITA HOTEL
  札幌市中央区南14条西1丁目
  挙式者のホームページ制作(終了)
代表経歴
1941年 静岡県生まれ
1962年~1981年(株)東急ホテルチエ-ン 下田東急ホテル勤務
1982年~1998年(株)札幌東急ホテル出向 最終職歴 客室支配人
1999年 日本情報処理教育普及協会主催
     ホームページ作成技術能力認定試験認定証 認定資格 3級取得
1999年~2001年 北海道国際ホテル(株) 営業部長
2001年 合資会社 ハッピーライフ 設立
2002年 ホテルアイスバーグ総支配人(1年間のコンサルテイング契約)
2005年~休業中
happybana-.gif


2010.11.29 Mon
下記のページは2000年6月 NPO法人私設 北海道開拓使の会 のホームページに掲載されたものです。ハローワークでホームページ作りを勉強し間もなくのことでした。


移住体験記
~第7話 土屋 敦彦さん~~
移住体験記、第7話は、札幌市内ホテルでおなじみの
ホームページ ★ホテルマン『喜怒哀楽』★ の土屋 敦彦さんです。
転勤地に住みつくサラリーマン家族は数多く今更体験談とお思いでしょうが、既に体験なされてる方はご自分の時の事を思い出して頂き、これからその可能性のある方にとって少しでも参考になればと考えながら、札幌で暮らす素晴らしさを語り尽くせるかどうか私共夫婦の体験を述べて行きます。
ホテルの宿泊部門一筋36年間の勤務を通して移住前と移住後のホテルと時代背景等を加え面白くお話出来たらと思います。

sun-ship24.jpg
太平洋の日の出の写真は「南窓室」さんの作品

私の故郷は静岡県伊豆下田市です。
昔から主要な交通機関で有った船舶の風待港として又黒船来航や日米最初の領事館が設置された事や「唐人お吉」の物語で有名です。
現在は豊富な温泉や海水浴場、そして温暖な気候と景勝地に恵まれた観光地として知られて居ります。 
 。4615.jpg
私は昭和37年地元にオープンした未だ日本では数少ない電鉄系の本格的なリゾートホテルに就職しました。
海外旅行も一般化するずっと以前のホテルで働く事は、かなり特殊の職業と思われて居た時代です。
水洗トイレ、バスタブ、ベッド、テーブルマナー、等々ホテルで初めて洋式文化と出くわした人々の珍談奇談には事欠きません。
札幌転勤辞令を受けた頃の自分の中での北海道
1981年札幌への転勤辞令を受けた頃の私は、倉本聰さんのTV番組「北の国から」
の大フアンで毎週番組の始まるのが楽しみで仕方有りませんでした。
そして下田のスナックで必ず唄う好きなカラオケは何故か、サブちゃんの「風雪流れ旅」と山川豊の「函館本線」でした。
一種の憧れめいたものは有りましたがまさかそこに住む事になるとは夢思っていませんでした。
丁度40才を迎えマンネリ化していた自分自信にとっても他のホテルで試してみたい気持ちと不安とが交錯して居たことを昨日の事のように思い出します。
twoshot1.jpg 札幌での生活開始
豊平区の平岸から都心のホテルへ地下鉄南北線を利用し、ドアツードアで20分の快適な通勤でした。
寒がり故に心配した冬の生活も全く苦にならず、むしろ室内は下田より暖かく妻と二人きりの気楽な家庭環境も有り 快適な生活のスタートでした。40代の中間管理職時代にバブルを迎え北海道観光ブームも有り業績も向上し公私共充実した良い時代を過ごしました。転勤族にとって次の異動が常に気になって居ましたがこのまま札幌から離れたく無いと言う気持ちが日増しに強くなって行きました。

早期退職
しかし一転、バブルがはじけた後の業績の低下と執行社員の人件費がネックとなっている明白な実情に、上限であった業績回復の目途も全く立たず、営業部門の責任者として正直かなり悩みました。
そんな時会社から早期退職制度の告知があり停年迄3年を残し退職を決心しました。
(一般家庭の方に比し子供の居ない事が制約を少なくして居ます)

<移住への経緯と準備>
余生を過ごすには人気の高い伊豆下田に持ち家が有りましたが、再就職の可能性が無く狭い町はゆったりした札幌生活と比較すると、未だ何か試してみたい意識の有る自分にとって、帰る踏ん切りが付きませんでした。
勤務からの背景に加えやはり札幌の生活が楽しく仕事を通じての友人や、趣味のゴルフ、ススキノで知り合った友人抜きの人生は考えられなかった事が最大の理由と言えます。
妻との相談の上余生を札幌で過ごそうと決め、下田の家を売り札幌にマンションを購入する決断をするのに、そう長い時間は掛かからず即準備に入り実行しました。 

1998年秋「終の棲家」となるマンション探し。
(通勤よりも自然と暮らし易さを重視)
1999年2月下田の家の隣組の皆さんへの御挨拶。
1999年2月下田の友人達への説明と別れの宴。
1999年2月家土地売却手続き。
1999年2月下田市役所での転籍手続き。
1999年3月末豊平区平岸より厚別区ひばりが丘へ引越し。
1999年3月厚別区役所へ戸籍転入届。
1999年4月~今後の生活設計
妻は新居を基点としたサークル等生き甲斐探し。
私はハローワークで出会ったパソコン学校へ           
★1999年9月より 「国際ホテル札幌」に再就職し現在に至っております。
bill2.jpg
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以上私の場合高齢で安易と言える結果オーライの永住経緯となりましたが転勤族の永住者がどんどん増えて居る事も事実のようです。
一般的に札幌への移住希望の考えられる理由をあげてみます。

1…首都圏では夢物語の都心に近い持ち家が可能。
2…歴史が浅いゆえに人間関係の無駄なしがらみが無く気楽に生きて行ける。
3…東京と変らない文化(ファッション、芸術、イベント、等)に接することが出来る。
4…飛行機の便数が増えて本州との往来が便利になってきた。
5…自然と調和した住み易く程良い都会。
6…冬を克服出来ればアウトドア-等家族の楽しめる場が沢山ある。
7…清潔な街。
8…住人の生活マナーが良い。
9…女性の(奥さん達)生きかた(楽しみ方)上手。
10…先住者のおおらかさ、本州の古い街に有る排他的な面が少ない。
11…奥さんお子さんが希望するケースが多い。
移住希望者へのお願い
若い方々が移住を希望される事は大変嬉しい事ですが、北海道経済は大変厳しい状況になってます。
経済基盤が弱いと言われ失業率も高くなって居ります。
念入りな準備とスケジュールに基き移住後の豊かな暮らしを目指し実現されるようお願い致します。
「私設北海道開拓使の会」のホームページは必要な情報が得られる場です、知りたい事をどんどん掲示板でお尋ね下さい。きっと貴方にとって有意義な答えが返って来ると思います。

さー始めましょう 札幌 移住への具体的準備を!

♪ 好きです札幌!好きです貴方!好きです札幌!好きです誰よりも!

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2000年6月
札幌市厚別区厚別南
土屋
2010.11.06 Sat
~恥ずかしながら 「ホテルマンの回想」 に雑誌や北海道新聞の内容や写真を載せてます~

青春
~やはりこの詩に対し共感を覚える人たちが多いのですね。~

新青春の会 私たちは、故宮澤次郎会長の「青春の会」の心を継承し、「新青春の会」として、新たな普及活動を始めました。
サミュエル・ウルマンの「青春」愛好者よ!一緒に普及活動をしませんか!!
下記の詩は、著作権を管理・保全している「新青春の会」様より承諾頂き掲載しております。

青 春
<サミュエル・ウルマン作/岡田義夫訳>
青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意思、炎ゆる情熱、怯だをしりぞける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や、狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと十六であろうとその胸中に抱き得るものは何か。
曰く 驚異への愛慕心空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦小児の如く求めて止まぬ探求心 人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる。
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない。これらの霊感が絶え 悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし 皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば,この時にこそ人は全くに老いて神の憐みを乞うる他はなくなる。

下記のページも見ていただけたら嬉しいです
 
 お喜楽ブログ・・・川柳主体にホテルマンの回想など
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