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札幌市厚別区の“ひばりが丘”に棲むお気楽人間がローカル情報発信する、自分史的ホームページ風ブログです。画像を多用し自己流川柳を詠む癖があります。 カテゴリーからリンクしてる画像掲示板 豆柴凛々の喜怒哀楽 お喜楽ブログも覗いてくださいね。
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2010.11.29 Mon
下記のページは2000年6月 NPO法人私設 北海道開拓使の会 のホームページに掲載されたものです。ハローワークでホームページ作りを勉強し間もなくのことでした。


移住体験記
~第7話 土屋 敦彦さん~~
移住体験記、第7話は、札幌市内ホテルでおなじみの
ホームページ ★ホテルマン『喜怒哀楽』★ の土屋 敦彦さんです。
転勤地に住みつくサラリーマン家族は数多く今更体験談とお思いでしょうが、既に体験なされてる方はご自分の時の事を思い出して頂き、これからその可能性のある方にとって少しでも参考になればと考えながら、札幌で暮らす素晴らしさを語り尽くせるかどうか私共夫婦の体験を述べて行きます。
ホテルの宿泊部門一筋36年間の勤務を通して移住前と移住後のホテルと時代背景等を加え面白くお話出来たらと思います。

sun-ship24.jpg
太平洋の日の出の写真は「南窓室」さんの作品

私の故郷は静岡県伊豆下田市です。
昔から主要な交通機関で有った船舶の風待港として又黒船来航や日米最初の領事館が設置された事や「唐人お吉」の物語で有名です。
現在は豊富な温泉や海水浴場、そして温暖な気候と景勝地に恵まれた観光地として知られて居ります。 
 。4615.jpg
私は昭和37年地元にオープンした未だ日本では数少ない電鉄系の本格的なリゾートホテルに就職しました。
海外旅行も一般化するずっと以前のホテルで働く事は、かなり特殊の職業と思われて居た時代です。
水洗トイレ、バスタブ、ベッド、テーブルマナー、等々ホテルで初めて洋式文化と出くわした人々の珍談奇談には事欠きません。
札幌転勤辞令を受けた頃の自分の中での北海道
1981年札幌への転勤辞令を受けた頃の私は、倉本聰さんのTV番組「北の国から」
の大フアンで毎週番組の始まるのが楽しみで仕方有りませんでした。
そして下田のスナックで必ず唄う好きなカラオケは何故か、サブちゃんの「風雪流れ旅」と山川豊の「函館本線」でした。
一種の憧れめいたものは有りましたがまさかそこに住む事になるとは夢思っていませんでした。
丁度40才を迎えマンネリ化していた自分自信にとっても他のホテルで試してみたい気持ちと不安とが交錯して居たことを昨日の事のように思い出します。
twoshot1.jpg 札幌での生活開始
豊平区の平岸から都心のホテルへ地下鉄南北線を利用し、ドアツードアで20分の快適な通勤でした。
寒がり故に心配した冬の生活も全く苦にならず、むしろ室内は下田より暖かく妻と二人きりの気楽な家庭環境も有り 快適な生活のスタートでした。40代の中間管理職時代にバブルを迎え北海道観光ブームも有り業績も向上し公私共充実した良い時代を過ごしました。転勤族にとって次の異動が常に気になって居ましたがこのまま札幌から離れたく無いと言う気持ちが日増しに強くなって行きました。

早期退職
しかし一転、バブルがはじけた後の業績の低下と執行社員の人件費がネックとなっている明白な実情に、上限であった業績回復の目途も全く立たず、営業部門の責任者として正直かなり悩みました。
そんな時会社から早期退職制度の告知があり停年迄3年を残し退職を決心しました。
(一般家庭の方に比し子供の居ない事が制約を少なくして居ます)

<移住への経緯と準備>
余生を過ごすには人気の高い伊豆下田に持ち家が有りましたが、再就職の可能性が無く狭い町はゆったりした札幌生活と比較すると、未だ何か試してみたい意識の有る自分にとって、帰る踏ん切りが付きませんでした。
勤務からの背景に加えやはり札幌の生活が楽しく仕事を通じての友人や、趣味のゴルフ、ススキノで知り合った友人抜きの人生は考えられなかった事が最大の理由と言えます。
妻との相談の上余生を札幌で過ごそうと決め、下田の家を売り札幌にマンションを購入する決断をするのに、そう長い時間は掛かからず即準備に入り実行しました。 

1998年秋「終の棲家」となるマンション探し。
(通勤よりも自然と暮らし易さを重視)
1999年2月下田の家の隣組の皆さんへの御挨拶。
1999年2月下田の友人達への説明と別れの宴。
1999年2月家土地売却手続き。
1999年2月下田市役所での転籍手続き。
1999年3月末豊平区平岸より厚別区ひばりが丘へ引越し。
1999年3月厚別区役所へ戸籍転入届。
1999年4月~今後の生活設計
妻は新居を基点としたサークル等生き甲斐探し。
私はハローワークで出会ったパソコン学校へ           
★1999年9月より 「国際ホテル札幌」に再就職し現在に至っております。
bill2.jpg
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以上私の場合高齢で安易と言える結果オーライの永住経緯となりましたが転勤族の永住者がどんどん増えて居る事も事実のようです。
一般的に札幌への移住希望の考えられる理由をあげてみます。

1…首都圏では夢物語の都心に近い持ち家が可能。
2…歴史が浅いゆえに人間関係の無駄なしがらみが無く気楽に生きて行ける。
3…東京と変らない文化(ファッション、芸術、イベント、等)に接することが出来る。
4…飛行機の便数が増えて本州との往来が便利になってきた。
5…自然と調和した住み易く程良い都会。
6…冬を克服出来ればアウトドア-等家族の楽しめる場が沢山ある。
7…清潔な街。
8…住人の生活マナーが良い。
9…女性の(奥さん達)生きかた(楽しみ方)上手。
10…先住者のおおらかさ、本州の古い街に有る排他的な面が少ない。
11…奥さんお子さんが希望するケースが多い。
移住希望者へのお願い
若い方々が移住を希望される事は大変嬉しい事ですが、北海道経済は大変厳しい状況になってます。
経済基盤が弱いと言われ失業率も高くなって居ります。
念入りな準備とスケジュールに基き移住後の豊かな暮らしを目指し実現されるようお願い致します。
「私設北海道開拓使の会」のホームページは必要な情報が得られる場です、知りたい事をどんどん掲示板でお尋ね下さい。きっと貴方にとって有意義な答えが返って来ると思います。

さー始めましょう 札幌 移住への具体的準備を!

♪ 好きです札幌!好きです貴方!好きです札幌!好きです誰よりも!

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2000年6月
札幌市厚別区厚別南
土屋
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